しおまち書房は、広島で編集ディレクション・文章作成を行う小さな制作事務所です。
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この素晴らしい「積読」の世界

例年通り「寝正月」を回避した年始を迎えた後、
新年はスタートダッシュで仕事を始めるつもりでした。
とくに、仕事が溜まっているというわけではないけれど、
旅行から戻ったら、翌日からスパッと切り替えて仕事はじめができたら
「気持ちいいだろうなぁ」という、まあ気分的な意気込みでした。
なんせ、ぼくは見た目は真面目そうに見えるそうですが、
相当な気分屋なもんで・・・。

六角堂

あの「池坊」の発祥の地「六角堂」、これまで何度も傍を通り過ぎた場所でしたが、
今回は映画『花戦さ』で気になったので初めて足を踏み入れました。なかなか素敵な場所でした。
(このブログは本文と関係のない写真が入ります。あらかじめご了承ください)


しかし、旅先でじわじわと進行していた風邪の兆候がおさまらず
ついに熱が出てしまいました。
正月休みの病院が開く翌日まで待ち、診察を受けた結果は、
なんとインフルエンザB型。

おそらく、記憶にある限り、たぶんはじめてのインフル罹患!
ちなみに、どうでもいい話ですが
ぼくがいつも風邪ぎみの時に診ていただくお医者さんは女医さんでして
「注意しなきゃ、ダメじゃない」と軽くしかってくれるので
いつも、そこに通っています(笑)。
(ちなみに、個人的な関係は何もありません)

今回も、「マスクしなきゃダメじゃない」とマスクを渡してくれました。
なんか、50代になると、怒られるってあまりないので
とっても、心に響きますね。

伏見の猫

伏見で出会った猫。備えてあるお猪口から、透明な飲み物を味わっておられました。


さて、閑話休題。

インフルエンザのおかげで、スタートダッシュどころか
予期せぬ「寝正月」を過ごすはめになりました。
最近の例にならい、5日間の謹慎というお年玉!

慣れないインフルでしっかりと寝ていましたら3日で熱は下がりましたが
まだまだ安心はできません。
かといって中途半端に起き上がって仕事を始めると
「ぶり返すんじゃないか」という不安もありました。

そして、寝室を見回して気づいたのです。
「そうだ、本を読もう」と。

ショーケース

中華料理店で見かけた、懐かしいショーケース。
ポスターもメニュー表も、パソコンやスマホで何でも作れる時代ですが、
逆にこういうサンプルの持つオーラにはかなわないなぁと思います。アナログの力ですねぇ。
それにしても、この大盛りご飯が凄い2018!


「積読」便利じゃん!

ぼくの寝室には、いくつもの本棚があり(仕事部屋とは別に)、
そこにはかなりの数の読まれていない本があります。
いわゆる「積読(つんどく)」ですね。

当初は、棚の段一つ分にすぎなかった「積読」スペースは
年齢を重ねるごとに、年輪のように増えていき、
今ではほとんどが読んでいない本です。

まあ、読んだ本は逆に売ってしまったりすることもあるから
余計に「積読」率は高まります。

そして、ふと手に取った一冊を読み始めて、
ああ、もっとこの分野のことを知りたいなぁと思うと、
関連する本も、ちゃんとあるのです。

気が付けば、この「寝正月」のうち2日で、10冊を超える本を読んでおりました。
そこで思ったこと。
「積読」便利じゃん!

手を伸ばせば、かつてのじぶんがセレクトした本が
ほら、そこにあるんです。

こんなに楽しいことはないじゃないかと。

大徳寺 山門

今回の旅のテーマには「応仁の乱」がありまして、
いくつかの本を読んで訪問地をピックアップしました。
これは、あの一休宗純が再興した大徳寺の山門。
一休宗純ってすごいなぁとNHK「オトナの一休さん」の録画を何度も見るおっさんです。


なぜ、読んでいない本を集めてはいけないのか?

本という分野は、歴史が古い分、
他の分野に比べて「かくあるべし」とう概念がまだまだ強い気がします。

それはたとえば、「ベストセラー以外の出版は失敗」みたいな雰囲気も含めて
他の分野に比べると、いろいろな固定概念がある気がするんですよね。
「もっと自由でいいじゃん!」というのが
この記事の主旨だし、
ぼくの活動の根本にある想いでもあります。

本を縛る固定概念を示す、最大の兆候が「積読」だと思います。
眉をひそめて(かどうかは不明ですが)「読んでもいない本を並べているなんて」と
とくに読書好きからは非難されます。

でも、なぜ「読んでいない本を並べて」はいけないんでしょう?

他のジャンルの例を見てみましょう。

  • レコードやCDをジャケ買いしたが、そのうちいくつかはまだ聴いていない
  • お気に入りのチークのレプリカ・ユニフォームを入手したがもったいなくて飾っている
  • だいすきなファイヤーキングのマグを大切にしまっている

・・とね、集めることが目的な趣味もあるわけですよね。
だから、本だって、「ジャケ買い」してもいいし、
読まずに飾っていてもいいと思うんですよ。
最近は、どんな本もいつまでも(新品で)買えるとは限らないしね。
思いついたら、まず買っとこう!でいいと思うのです。

最近、こういうアンケートが実施されていました。
丸善ジュンク堂の広報用のツイッターアカウントが行ったものです。


「複数の本を併読するか」というアンケートで、
このブログを書いた今は、まだまだ投票受付中ですが、
現在のところ「1冊終わるまで他の本は読まない」が多いんですよね。
これはきっとそう教わった幼少時代がみんなにあるんだと思います。

これって、ほかの趣味にはなかなかない縛りじゃないでしょうか。
波止場で魚釣りをしていて、少しも釣れなかったら、
「釣れるまでその場所で頑張れ!」みたいなものじゃないですか。

ぼくは短大で若い学生に教えていますが
「読書を楽しもう」という講義で
「読めない本はスルーしてよい」とか「全部読まなくても一部でも読めばいい」などと話すと
「これまで読めない本があると、読書がいやになっていました」という感想が出るような感じです。

そういう、本を縛っている鎖を解き放って自由になると、
もっと本は楽しくなるし、
出版産業も少しずつ盛り上がるんじゃないかなぁ。

そして、もう一つ、「積読」をおすすめする理由があります。

「積読」は、明日の自分への手紙

新しく何かを学びたい時
自分の知らない分野を知りたい時
新しいタイプの作家を読もうという時
なかなか勇気が出なかったり、
あるいは、一冊がうまく読み進められなかったりします。

そういう時には、思い切って
その分野や作家の本をまとめて数冊買ってみます。

それは自分自身に対する「手紙」のようなものになります。
1冊が合わなくても、ほかの数冊をパラパラとめくれば
どこかからか、すっと入ることがありますから。
そしてまた、読めずに置いていたとしても
時間がたって、すっと読めることもあるんです。

つまり、興味がわいたら、ひとまず買う。
その「新しい」「未知の分野」の本たちは
自分がこれまでの枠から出ようとした痕跡にもなるのです。
本を買って残しておくことで
その時の瞬間の想いをデータとして残す「バックアップ」でもあるんです。

それを「積読」だからと
恥じる必要はないんじゃないかと思います。

「積読」を自分の枠を超えようとする想いの「保存」として
あるいは自分への「手紙」として考えるようになると
読書はきっともっと面白くなると思います。

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