【ひろしまスケッチブックができるまで】その1・・キュレーションしだいで作品の印象は変わる
久保です。この度、竹田道哉さんのリトルプレス「ひろしまスケッチブック」の編集を担当させていただきました。
この経験は自分としてもこれまでにない示唆に富んだものであり、とても充実した作業となりました。
ISBNがついた販売を前提とした「書籍」としては13年ぶりの編集業務となりました。
そこで、その過程を少しずつ記録にとどめておきたいと思ってノートに記してみます。
さて、絵画や写真などのアート作品はもちろん、書籍の構成、あるいは展示会など「一方向に進んでいく作品」の構成には、「流れ」が重要です。同じ作品も、流れの組み方によって、よく見えたりそうでもなかったりします。同じような作品が並ぶ展覧会で退屈を感じた経験がある方もいるのではないでしょうか?
この「構成」を組み立てることを「キュレーション」といいます。美術館の学芸員の方を「キュレーター」とも呼びますが、いわば作品の価値を理解して、どうやって構成すれば閲覧者や読み手に響きやすいかを考える担当・・・ということになります。
従来であれば「編集」とか「編集者」という言葉が、この職種・作業を指すんだと思いますが、媒体の種類が多彩になり「編集」とか「編集者」の範囲も広がっているため、最近は純粋な編集作業を「キュレーション」と呼ぶ傾向が出てきました。今回は、この「キュレーション」の一例をご紹介します。
「ひろしまスケッチブック」という本は当初、広島市の南部に位置する舟入・江波エリアについて書かれた絵や文章の総集編というコンセプトでスタートしていました。それは竹田さんが4年間手がけたフリーペーパー『舟入散歩』の総集編、もしくは記録集というイメージがご本人には強かったからです。
これは作品の一例です。5cm四方の段ボールの切れ端に書かれています。この絵は江波のイベントでの光景です。こういった舟入・江波方面を描いた絵画の総集編の予定でした。
けれど、竹田氏の本を制作するというプランの発案者のお一人の方と一緒にミーティングをした際に「広島全域を網羅したほうが、広い範囲に響くのではないか」という意見がありました。その結果、この本のテーマは「広島市全域、可能であれば県内各所もふくむ、おさんぽの記録」という方向性に決まりました。そもそも竹田さん自身も広島県のあちこちをさんぽして観察した作品をたくさんお持ちでしたし、その方が拡がりを感じたからです。
そのテーマが決まった時、ぼくは「そうなると、あれは避けて通れないな」とその瞬間に感じました。それは何か? それはカタカナのヒロシマ・・つまり被爆都市としての「ヒロシマ」です。
広島で発行されているタウン誌やグルメガイド、クーポン誌などには「ヒロシマ」は出てきません。ぼくが以前関わっていた住宅情報誌は、広島のさまざまな地域の物件が掲載されていたにも関わらず「ヒロシマ」の影はまったく存在しませんでした。それはそうです。住んでいる人にとって「ヒロシマ」は8月6日前後以外は、普段は意識しないものだからです。それは、どの都市でもきっと同じだと思います。
でも、すてきなランチを満悦してふと歩いた河岸の小道に小さな慰霊碑が佇んでいたり、仕事で大きな成果を勝ち取って帰る車窓越しに原爆ドームが見えたりします。あるいは企業の沿革の一文に「ヒロシマ」は知らないうちにはいってきます。普段は意識しないけれど、その日常の一部に「ヒロシマ」は同席しているのです。この「自然にヒロシマが入ってくる」を表現したい・・と思いました。美しい河岸の写真から、慰霊碑だけをフォトショップで消すようなことをしたくないと思ったのです。
「ヒロシマ」的な作品は、当初の作品群には入っていませんでしたが、このテーマをもとに竹田さんは「ヒロシマ」を表現する作品を3枚描かれました。そしてそれらは、ぼくには気づかなかった、見事な角度で描かれていました。
しかし、これら「ヒロシマ」作品を、表紙など見えやすい個所に持ってくると、その瞬間から、「ヒロシマ」だけがデフォルメされて、この書籍は「広島郷土史ブック」となってしまいます。
この本はそうではない。あくまでも気張らずに、のんびりと、街並みや自然のたたずまい自体を博物館として、あるいはアートとして、ゆっくり楽しむための作品です。「なんだ、広島ってこんな良い場所があるのか」とか「へぇ、いつも通るあの道がこういう場所だったのね」という小さな発見を提供したいのです。そこで、この3枚の作品をどう配置するかが、かなり重要な「キュレーション」のポイントとなりました。結果としては表紙には入れず、中面もかなり面白い構成になったと思います。
本当は、ここに作品自体を掲示して、どうなったのか・・・をお見せしたいのですが、それを今書いてしまうと、先入観が入ってしまいますので、ぜひ実物をまずはご覧いただきたいと思います。この「ひろしまスケッチブック」は、絵画集ではありますが、上記の「ヒロシマ」のような「流れ」が何カ所かに仕込んであります。
また、全編を見た後、もう一度見返すと再発見があるような仕込みもあります。もちろん、それが可能になったのは、竹田さんの作品自体に大きな包容力があってこそのこと。
あくまでも主役は著者と作品です。ぼくのような「黒子」は、本来こんなことを長々と書くべきではないのですが、より作品を楽しんでいただきたいと思って、もうちょっと駄文を書いてみようと思っています。
リトルプレス「おさんぽ達人のひろしまスケッチブックの詳細や購入情報
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